例会で出た素朴な疑問にお答えする帆船についての豆知識の新コーナーです。
最初の質問は?
Q クリンカービルド(鎧張り)で一番大きな船は?
五十嵐会員著
クリンカービルドは、バイキング船、コグ船、カッターに使われています。北方で発達したもので、地中海ではカラベルビルド(平張)が主流でした。
船の発展は、コグ船(初めて中央に舵がついた船)、キャラック船(初めて砲門が作られた船)、ガレオン船と進歩しますが、コグ船はクリンカービルド(鎧張り)でキャラック船は基本カラベルビルド(平張り)ですが、英国などではクリンカービルドがあります。
英国のヘンリー8世の時代に建造された「グレートシップ」と言われる大型キャラック船のアンリ・グラサデュー(別名グレート・ハリー1500t 1514年)が鎧張りの最大の船でしょう。
しかし、改装時にカラベルビルド(平張り)に変更されています。クリンカービルドの最大の欠点は、外板に強度を担わせ、フレームが細いため、砲門をあけると船体強度の低下が著しいことです。
Q サンタマリアのキット図面が色々ありますが、サンタマリアに砲門はついていたのでしょうか?
A 年代的に砲窓はあったかもしれませんが、砲門は付いていません。またサンタマリアの砲は鋳造砲ではく鍛鉄砲です。
両者の違いは砲窓は上甲板に置かれた砲の船舷の単なる穴ですし、砲門は水密構造の蓋を有しており、メインデッキ等に設置されるもので明確に区別されます。
実はガンポート(砲門)は、発明なのです。
1501年にフランスのブレストでM.Deschargeが発明した言われています。こののち、砲門を多数装備したヘンリー8世自慢のグレートシップが進水します。
ただ、ポルトガルでは1490年から海賊除けに大きな大砲を備えていたという説もあります。
Qサンタマリアの大砲は、どんなもの?
この時代は4輪の架台にのったブロンズ鋳造砲はありません。旋回砲とエルム材の台にロープで縛り付けたボンバード砲があり得ますが、どちらも鍛鉄製の後装砲です。
鍛鉄製ですから。数枚の鉄板を熱してたたいて溶着させて、多数の輪を嵌めて補強しています。帆船模型ではこの輪の表現が工夫のしどころとなります。
英語では鋳造砲(Cast Iron)に対してWrought-Iron-Breech-loarding cannonと表現されています。鍛鉄砲は全て後装砲です。コンウエイ出版のアナトミーシリーズにも、船舷に旋回砲が、上甲板に鍛鉄砲が描かれています。
15世紀の大砲の名前は大変分かりにくいのですが、旋回砲はSwivel、Base,Patrare、Sling、Serpentine petraraeとも呼ばれているようです。
上甲板におかれるものは、Bombard,Curtall,Port-Piece、Sling, Serpentine などと呼ばれています。Port-Piece、Slingは2輪の車輪のついた台車をいうようです。
余談ですが、15世紀の商船に装備されている大砲は船を打つものではなく、乗り込んできた海賊を撃退するものです。そのため発射速度が重視され、装填の面倒な前装砲ではなく、後装砲(ブリーチローダー)です。チャンバーと呼ばれる砲の後部の弾丸+装薬部分がカセットになっています。
交換可能で、1門あたり3セット用意され、線開放では、毎分2発の当時としては速射砲だったようす。
上甲板の鍛鉄砲は、一般的な4輪のトラックの砲車ではありません。
後装砲は、ガス漏れが酷く反動で後ろに下がるといったものではなかったようで、エルム材の台にロープで縛り付けています。
SlingやPort-Pieceは、大きな2輪が付いたようですがブリーチ索がついたのかは定かでありません。サンタマリアには単なるエルム材の台だけだったと思われます。こちらのチャンバーの交換は数人がかりで10数分かかったようです。
〇砲架について
鍛鉄砲(serpentynes、bombardas)には4つの車輪のついた砲架は付きません。この当時の装薬は燃焼速度が遅く(そのため砲身が長い)チャンバーのガス漏れが酷く、反動はあまり問題とはならなかったようです。そもそも4つの車輪のついて砲架ですら、発射衝撃の吸収というよりは、次弾装填のため砲を後ろに下げる意味が主で、発射衝撃は砲車の後退よりも船体構造が吸収していたと説明している文献もあります。
鋳造砲は16世紀中頃まではブロンズ製ですが、旋回砲では鋳鉄製もあったと文献にあります。ブロンズ鋳造砲も旋回砲もあり、なやましいところです。ブロンズは鉄の数倍と高価でしたが融点の高い鉄の鋳物技術が稚拙で性能はブロンズ製が上ですが、特に多数大きな砲を装備しようとした英国では、コスト差は深刻で、鋳鉄砲の開発に力がそそがれ16世紀中頃に鋳鉄製を完成させています。
この鋳造砲が鍛鉄砲にとって代わった背景は、主目的の変更があります。海賊の乗り込みを防ぐ目的から、船体そのものを破壊することに目的が変わっていきます。そのため大きな砲弾を強力に発射する必要から、鍛鉄砲よりはるかに丈夫で厚さも先端を薄く砲尾を厚くできるブロンズ鋳造砲が普及します。
鋳造砲は前装砲となるため、次弾装填がやっかいでした。また強力な分、反動が大きく、これをどうするか対策が考えられました。
陸軍の砲架は馬の移動に便利なように大きな車輪2つと車軸近くに砲耳が位置付けられた低い姿勢の砲架になっていますが、艦載砲では発砲と同時砲を後退させ、発砲の衝撃を緩衝する駐退機として機能させます。砲を後退させることは、先込め式なので、次弾装填のためにも必要です。ただ、船内は狭いので、砲架のころがり抵抗を大きくして、あまり後ろに下げないようにしています。抵抗は車輪を小さくするか、車軸を大きくすると大きくなります。また大砲の位置が車軸より上になる程、抵抗が大きくなります。そのため小さな車輪、太い車軸、高い位置の台車をもった砲架が生まれたようです。
絵の出典
Mary Rose – King Henry VIII’s warship 1510-45 (Owners’ Workshop Manual)
Tudor Warship Mary Rose (Anatomy of The Ship)
Sailing Ships of War 1400-1860 (Conway’s History of Sail)
Cogs, Caravels and Galleons: The Sailing Ship 1000 1650
参考文献